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変革はなぜ上手くいかないのか?続き (2010//19)

理由その4;科学少年の限界  

 

以前NTTグループ企業の技術系の人から、特定のアプリケーションが将来どの様に世の中に広まって行くかについての話しを聞いていて、彼の子供のころ、科学の実験に目をきらきらさせていた姿を思わず想像したことがあった。科学少年として育ち、技術者としてNTTでの順調な経歴を踏み、「科学大人」(勿論、これは筆者の造語)としての姿が窺えたことだった。

 

言うまでもなく、ビジネスは顧客が購入を決定しなければ成り立たない。顧客が購入を決定するプロセスは製品(技術)に対する評価だけではなく、複雑な市場(社会)の多数の変数を含む方程式だ。製品戦略はこうした多数の変数を考慮に入れて構築しなければならないが、科学少年には素よりそうした素養は無い。

 

外交は多数の関係者の利害を変数とする複雑な方程式だが、ビジネスの戦略も同様だ。科学少年がこの様な複雑な方程式を扱える様になるには、どうしてもそれなりに組織だった教育を受ける必要がある。だが、企業人にはそうした機会は、ビジネススクールにでも入らない限り余り無い。技術者の場合、かえって純粋な技術者像というものに結び付いて、知らない事が是として認められてしまったりする。

 

技術者が技術的にやりたいと思う開発をそのまま認めて製品化する事もよくある。例えば、筆者が海外の優れた技術と製品を紹介すると、若い技術者は、自分でも同じ物は作れる、と言われたことが何回かあった。事実、数年後には良く似た製品が、自主技術です、という触れ込みで売りに出される。 しかし、そうした開発は局地戦でしかない。会社の製品ポートフォリオの中で孤立していたり、製品戦略やビジネスモデル全体との整合性が取れなかったり、結局資源全体の投資効率を下げることになったりする。

 

日本企業も、ビジネスモデルを忘れてはいないと言うだろう。だが、ビジネスモデルを設計する時の目線の高さが低ければ、それは局地戦モデルになる。これは日本企業の得意として来たところだろう。反対に、目線が高ければ変数の数が増え、抽象的になり、実現性の不確定さが増す。社員や関係者の協力も得難い。この様なビジネスモデルを提案しても応援者を得るのは困難だろう。 だが、クラウドや電子出版ビジネスで、要素技術を持ちながら産業としてイニシアティブを取れなかったのは、結局これが理由だったのではないか、と筆者は愚考するのだ。

 

だからクラウドや電子出版ビジネスでイニシアティブを取られてしまうことになったのだ。

 

では、どのくらいの高さの目線が必要だったのか?