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企業中心の社会を作ろう(2011//6)

現代のパラダイムに最適なシステム設計を

 

6月6日の日経新聞に「この国をどうする気ですか」と題して論説委員長の芹川氏が論説を書いておられる。副題は「民主党政権『失敗の本質』」である。氏は「政権交代のあとは句点だ。そこで終わり。」と書いておられる。

 

同感だ。筆者がこれまで、自民党政権で社会主義革命が成就した以上日本の社会主義政党にこれ以上何をすることがあるのか?と書いてきた通りであって、後は彼らには自分の権力欲を満足させる主導権争いしか残っていないのだ。当時も政治家たちは人の上げ足を取ったり足を引っ張ったり、サッカーまがいのバトルを演じていた。戦前ならとっくに軍部がクーデタを起こしていても上思議ではない。敗戦のおかげで日本の軍隊はすっかり大人しくなったが、今は代わりに近隣外国が影響力を強めつつある。政官財の鉄のトライアングルは随分批判されたが、あれが日本を強くしていたのだと再評価しなければならない。あの批判が間違いだったことは現状を見れば分かる。

 

氏はまた「幹部クラスに組織運営の経験のないメンバーが多いことがあげられる。」と書いておられる。その通り。組織運営の経験があるのは、官僚か企業の管理職だ。だから、政党の幹部は官僚か企業の出身者であることが望ましい。

 

だが、通信と運輸技術の発展により国境の壁が低くなり、基本的に国内の事象を対象にし変化を嫌う官僚は、官僚組織を使いこなすという以外にはポジショニングが宜しくない。一方、企業の管理職出身者は出身企業(グループ)の利益代表になるかも知れないという批判が付きまとう。

 

しかしながら、企業が国境を越えて活動し国を富ませ強くし、状況の変化に柔軟に対応して生き残ろうとする国のエンジンであることを考えるならば、こちらの方が好ましい。だから、企業や企業グループが社会の公器としての自覚を持ち、自社の利益の為でなく、優秀な管理職を例えば10年間政治の世界に送り込み、政党の幹部として機能させ得る様なメカニズムを真剣に考えるべきだと筆者は思う。

 

出来る訳無い、 と言われるかもしれないが、柔道やレスリングやお笑いのチャンピオンがやるより遥かにマシではないか?