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危機に直面する資本主義?(2011//30)

マネーゲームの米国にとって日本の製造業とは何か?

 

8月29日刊の日経ビジネス誌にニューヨーク大学スターンビジネススクール教授のノリエリ・ルービニ氏が「危機に直面する資本主義」という題で寄稿しておられる。氏はそこで、最近の金融市場の混乱により先進国経済が二番底に陥る瀬戸際にあることに触れ、手品のような政策はもはや弾切れであり、のこる選択肢は債務の圧縮のみであると言っておられる。さらに纏めとして、従来の経済モデルが全て破たんした以上、資本主義には新モデルが必要だと訴えている。これに失敗すると1930年代の大恐慌どころではないらしい。

 

世界はやっぱり資本主義でなければというところに収斂していったのがついこの間(レーガン大統領後)の話しだったのに、もう破綻しかけていますよ、と言われたのでは困ってしまう。それに代わるものが無いからだ。氏はいくつかの対策というか、とるべき多方面の政策を提言しておられるが、その中に「暴走する金融システムに対するより厳格な監督と規制」という提案がある。そもそも、あのリーマンショックもCredit Default Swapをキーとする金融システムの暴走が原因だった。ウオール街がリスクを分散しまくった債権を北米や欧州で売りまくったおかげでクライシスに至ってしまった。赤信号を皆で渡ればその内の一人か二人が死ぬようなことがあっても大丈夫と思っていたところに超大型ダンプが飛び込んでしまった、という訳だ。その後欧州の問題もあってどうしようもなくなって、今度は2008年(リーマンショック)どころではないのが来るぞかも知れない、ということになった。

 

CDRなどでどんなに化粧しても元々の実体経済が悪ければマネーゲームはいつか破綻する。だが、「どうしようもなくなった」のはマネーゲーム経済であり、実体経済はしっかり動いているのだから、ノリエリ・ルービニ氏が指摘する危機に直面している資本主義とはマネー経済のことだろう。

 

なぜそうなってしまったのか、という問に対する筆者なりの解答は、極めて単純化すれば、(1)米国が製造業をあきらめて金融業を主要産業にしたからであり、(2)そのグローバルなオペレーションを可能にする情報通信技術の進展があったこと、ではないかと思う。金融業は雇用を余り生まないし、貧富の格差を助長する。金の値段が上がっているのもマネーゲームのリスクを金の購入で回避しようという動きだ。円が上がっているのも似たような理由だろう。

 

ここへ来て、「マネーなんて幻想だ」ということを一番良く知っている米国資本は(1)の方向修正を図っているのではないか?どう修正するかというと、日本の実体経済、つまり製造業を取り込んで自国の製造業を復活させるというシナリオである。失業率を下げないとオバマ大統領の再選が危ないし、製造業は雇用問題を解決するからだ。米国発日本企業の製品を世界に販売できれば短時間で効果が上がる。

 

その方向転換を進めるための道具がマネーゲームだというのが矛盾しているのだが、円が超高くなっている。以前このブログで、米国への投資を勧めたが、米国は製造業が復活し、失業率が許容値に下がるまで米国はドル安を続けるのではないか?米国が、日本の世界で最もエクセレントな製造業に米国へ投資してもらって、忘れかけた製造業のノウハウを伝授してもらって、雇用も増やしてもらって、と考えているとすれば、「ヤマザキマザック、工作機械 米から逆輸入。 円高で生産最適化」という9月15日付け日経新聞の記事はそれにぴったり符合する。類似のケースはこれからもっと増えるだろうし、円が60円台になっても不思議ではない。

 

筆者は米国の回し者ではないのだが、こうした波に乗って米国にどんどん進出して、日本発の米国企業として世界展開を進めれば良い。軍事力を含む米国のパワーをそのまま利用できるのが最大のメリットだろう。トヨタ並の日本発世界企業がもっと増えれば、納税を通して日本政府の債務削減にも貢献できる。米国が嫌いな方々は米国の衰退を挙げるだろうが、それが希望を誤解して予測だと思っているのではないという保障はない。客観的、公平に見て、米国はもっとも安心できる投資先だろう。

 

一方、米国のビジネススクールや金融業は資本主義の原点を再度学び直した方が良い。マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を読んでその精神的バックボーンであるピューリタンの思想を学び直すべきではないか?日本の石田梅岩も学んだ方が良い。危機に直面している資本主義の新しいフレームワークはこうした再学習の中から生まれてくるのではないか?