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老いた文明はかっての輝きを取り戻すか?(2012//3)

アラブと中国 対 米国と日本

 

『十字軍物語』シリーズを完結した塩野七生氏が「十字軍に学ぶリーダーとは」という記事で貴重なコメントを述べておられる。(2011年12月9日のasahi.comの記事) 「結局は失敗に終わった十字軍の事後の受け止め方が、現代につながる」という。「負けた時に相手を研究するのがキリスト教世界。後のルネッサンスは自分たちへの疑いと反省から生まれた。最後に勝ったのはキリスト世界でしょう。」とのコメント。これを筆者なりに敷衍してみたい。

 

図式的に言えば、キリスト教には「自分に対する疑いと反省」が文化として込められているがイスラムには「原理主義的に自己を正当化」する文化があり、十字軍に勝ったことでその文化がそのまま今日まで持ち越された、と言えるだろう。十字軍なんて北方の野蛮人だと思っている内に(アラブの方には失礼な言い方だが)文明が老いてしまったのだろう。「老いた」というのは「客観的事実を研究して自己を変革せず、形而上の世界に浸り続ける」と筆者は定義する。今、アラブ世界はキリスト教世界の科学技術の掌の上にある。

 

6000年の歴史を誇る中国は唐時代をピークに外周の蛮族に征服されたりして次第に老いていったのではないか?明が少し盛り返したが結局清に征服され、そこで形而上的に自己正当化した。つまり、老いた。毛沢東の大失敗の後、日米欧に数十年遅れ、自力では対抗できないことを自覚した中国は日米欧からの投資で国力を振興しようとした。中国を世界秩序に組み入れておかないと太平洋戦争みたいになると考えた米国が先ず投資し、日本もそれに続いた。そして中国のGNPは日本を追い越すに至った。だが、中国は“未だ”キリスト教世界の科学技術の掌の上にある。

 

元々中国は唐時代の版図と覇権を取り戻すために日米欧の力を利用しようとしただけだから、それが実現できそうになれば、米国は「こんなはずではなかったのに」と思っているに違いなく中国を抑え込む準備を着々と進めている。中国はその気だ。しかし、一旦老いた文明がかっての輝きを取り戻すのが至難なのはアラブを見れば分かる。 日本は中国から遠かったおかげで、どちらかと言えば“キリスト教圏的”だ。

 

2014年が危機の年になりそうで、それまでにいくつも事件が発生するだろう。米中関係危機で中国に騒乱が、もし発生した時、日本企業は中国への膨大な投資を回収できるだろうか?その時になって「想定外」でした、など言わなくて済む様にしなければ。